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  チョコレートの歴史
チョコレートには4000年の歴史があります。

紀元前2000年頃、古代メキシコのアステカではカカオ豆をすりつぶして飲んでいました。 カカオの飲み物は不老長寿の妙薬として珍重されていました。そのため、カカオ豆には「テオブロマ・カカオ(神々の食べ物)」という神秘的な学名がつけられています。
現在の食べるチョコレートに変貌したのは約200年前のことです。

 

チョコレートは初めは飲みものだった

チョコレートが誕生したのは、アステカ人の住む古代メキシコだったと言い伝えられています。アステカの神々の一人に、「ケツァルコアトル」という空気の神がおりました。ケツァルコアトルは、地上の人々に知恵と文化を授け、トウモロコシと共に、神の食べものとされていたチョコレートを人々に与えました。
しかし、このケツァルコアトルは、闇の世界を支配する闘いの神に毒を飲まされ国を追放されてしまいました。
カカオ豆の粉末にトウモロコシやコショウを加えて煮たり、すりつぶしたバニラの香りをつけた「ショコラトール」(ほろ苦いという意味)は、どろどろした苦い飲みもので、甘い飲み物ではありませんでした。これをアステカの王様モンテズマはことのほか好んでいました。
チョコレート(Chocolate)という言葉は、「ショコラトール」(chocolatre)が語源です。
モンズテマは、一日に50杯ものショコラトールを飲んでいたと言われています。
ショコラトールは大変高価なものであったため、一般の市民はとても飲むことができなかったといいます。
1519年、アステカにフェルナンド・コルテス率いるスペイン船がやってきます。ケツァルコアトルに風貌がそっくりだったため、コルテスのことを「ケツァルコアトルの再来」とアステカの人々は大喜びし、モンテズマ王も最高のもてなしをしました。
コルテスは、モンテズマ王にショコラトールをご馳走になりますがほとんど興味を示しませんでした。しかし、コルテスはショコラトールをスペインに持ち帰り、1526年にスペイン国王カルロス1世に献上しました。
当初、その高価なショコラトールの貴重さも味も理解できないスペイン人でしたが、しだいに原住民から調理法を習うようになり、ついに愛飲するようになったといわれています。

スウェーデンの植物学者カール・フォン・リンネは、後にカカオを「テオブローマ・カカオ」(神々の食べものカカオ)と称しています。やがてショコラトールは、世界へ姿を現わし始めました。


コロンブスはカカオ豆に興味を示さなかった

フェルナンド・コルテスがショコラトールを味わう前に、カカオ豆に出会ったヨーロッパ人がいます。それは、クリストファー・コロンブスです。1502年、コロンブスはホンジュラス付近を航行中にマヤ人の交易商人と会い、交易品のなかにカカオ豆を見ました。そして、スペイン・アラゴンの王フェルディナンドII世に献上しています。
しかし、コロンブスをはじめ、乗組員は誰もカカオ豆に興味を示さなかったと伝えられています。

南アメリカでは、カカオは通貨として使われていた

カカオ豆がお金として使われていたことはコロンブスの新大陸到達により知られていますが、その価値は時代や地域によって異なります。

☆1520年頃のニカラグアにおけるカカオの価値
ウサギ・・・・・・・・カカオ豆10
奴隷・・・・・・・・・・カカオ豆100
☆1545年のメキシコにおけるカカオの価値
雄七面鳥・・・・・・・カカオ豆100
雌七面鳥・・・・・・・カカオ豆200
野ウサギ・・・・・・・カカオ豆10

スペインから世界への広がり

カカオ豆はコルテスによって、ヨーロッパにもたらされましたが、最初、カカオ豆の栽培から、調理に至るまでが、スペインが独占していました。
これは、オランダやイギリスが、各所でスペイン船とぶつかり、スペイン船につまれているカカオをシープス・タング(羊の糞)と呼んで、海へ投げ捨ててどこにも運ばないようにしてしまったためといわれています。
1606年になって、スペイン宮廷に仕えるイタリア人のアントニオ・カルレッティがイタリアにチョコレートを伝えます。
その後、スペインのアンヌ・ドートリッシュ姫がルイ13世に嫁ぎますが、その一行に、チョコレートを調理する侍女が加えられました。

これがきっかけになって、チョコレートがフランス王室や上流社会で流行します。そして、1760年にフランス初のチョコレート工場が建設されました。これはフランス王室が所有していました。
イギリスでは1652年頃、コーヒーハウスができてのちにチョコレートが提供されるようになりました。
時とともに、チョコレートには、いろいろな工夫が加えられ、次第に口に合うおいしい飲みものとして完成されていきます。

チョコレートを調理する侍女

ココアとチョコレート

1828年、オランダのヴァン・ホーテンは、カカオ豆からカカオバターの3分の2ほどを抽出し、残りの粉末状のものから「ココア」を作り出すことに成功しました。
オランダは、チョコレートづくりが盛んだった国のひとつです。
日本ではココアとチョコレートは区別されていますが、ヨーロッパでは、今でもココアとチョコレートは、はっきりとした区別がされていません。

飲みものから食べものへ

チョコレートが飲みものから食べものになったのは、ヴィクトリア王朝時代(1837~1901)のことでした。1820年代、チョコレートキャンディーの元となったフォンダン・ショコラが、スイスのルドルフ・リントによって作られました。さらに1842年、キャドバリー社が「イーティング・チョコレート」を製造したという記録が残っています。
その後、はちみつなどをチョコレートに混入することに成功し、スイスでは、ダニエル・ピーターによってミルクチョコレートが開発されました。これが、板チョコの始まりです。
アメリカでは、1900年にミルトン・スナヴェリー・ハーシーがチョコレート製造を始めました。
古代アステカで飲まれていたショコラトールから、飲みものとしてのチョコーレート。そして食べる板チョコに辿り着くまでのその歴史はとても長いものでした。
神話の時代から現在まで、じつに4000年もの時を経て、私たちは「神々の食べもの」を味わうことができるようになったのです。